おまえは、美しい線を引いているか?

作品制作についての諸処

すっかり文章の更新が鈍ってしまった。

制作の方は、近年ないくらいにたくさん、連日、進めている。

手が絵を描くことに満足している…というか、そっちに集中しているために、文章を書く方の回路を切ってしまったみたいな感じ。

結局、頭は役立たずというか、主導権をとれないというか。

まあ、それでいいのだけど。

…なんていう状態のまっただ中にも、スピリチュアルワークのメニューが増えていたりする。

そのお知らせをしなきゃならないのだが。

今、ブログの投稿画面を開いたのは、そのためではなかったりする。

メモしておきたい、という衝動が突然きた。

それを、メモっておくため。

文章のまとまりとか論旨とか、もう、そういうのはどうでもよくて。

出てきたことを、久しぶりに文章にしておきたい衝動が逃げないうちにメモっておくことにする。

おまえは、美しい線を引いているか?

その問いが、大音響で頭の中にこだました。

問いのカタチではあるけれど、問いではない。

ああ…なんだか、前にも、こういうことがあったな…と、思った。

どの絵を描いていた時のことか、はっきり覚えていたので。

当時の記事を、引っ張ってみた。

読み返すと。

今日のと、非常に似た状況だったことがわかる。

当時、問いかけのカタチをとった叱責…だった、その声が何を言ったか、というと。

おまえは、すでに安住しようとし始めている。

何も始まっていないのに、もうすでに、安全圏を狙おうとし始めている。

今日の、「美しい線を引いているか?」も、前回のと本質的には、同じことだ。

そして。

今回は私。

自覚があった。

ここのところ、近年ないくらいの密度で制作していて。

オンラインで人としゃべっている間も、常にラクガキはしていて。

奉納用の絵も含めて、作品もずっと、毎日、何かしら進めていて。

その、物量の中で、実際に、感じていた。

いや、これは違う。

この線は、違う。

引きたい「美しい線」は、これじゃない。

こういう時は本当に、もどかしいというか…己に腹が立つというか。

頭は何のためについているか、って言ったら、手が気持ちよく動けるためにあると言ってもいいわけで。

こと、制作に関しては(文章化もだけど)頭<<<<<手で、優先権がある。

物量でもってなにがしかのコツを掴みとるのは手の役割としても。

そのためのヒントとなるものを探すのは、頭の役目だ。

ここ最近、薄々、思っていた。

似たようなものばかり見てるよな…と。

自分が「美しい線」と感じる絵描きさんは何人もいる。

ただ、その方達の描く線を私が描けるようになるってことは、絶対にない。

私には、私が描ける「私が思う美しい線」が、ある。

ある、ということは、わかっている。

ただ、そのカタチが、掴めない。

というか。

たぶん、手は知っているんだと思う。

まだ、思考が邪魔をしているのだ。

いっそ、本当に、フルトランスで自動書記できたらいいのにな、と思う。

一回だけという条件で。

なんだか、久しぶりに、山籠もりしたい気分になってきた。